幻の名城安土城を原寸大で再現!

安土城は、織田信長が1579年に琵琶湖のほとりに築いた五層七階の大型の天主を初めて持った城で、金の鯱(シャチホコ)を初めて乗せたのも安土城だと言われています。 安土城に限り「天守」ではなく「天主」と呼びます。ヨーロッバや中国文化の影響を受けた色彩豊かな名城と言われましたが、わずか3年後に何らかの原因で焼失してしまいました。 当時の安土城についての文献はあまり残されておらず、故に幻の名城と呼ばれています。

いかにも信長らしいその変わった天主閣は、外観の瓦層は5層なのに対し、全7階(地下1階、地上6階)で構成されていたそうで、この内外の不一致な階数が特色だと言われています。また高さは本丸地表より43mもあり我国最初の高層建築と言えます。外壁は3層目までが黒、4層目が朱、5層目が金箔。屋根瓦も赤・青・金箔瓦が使われており、当時の桃山文化を代表する豪華絢欄な建築物だったと言われています。

その幻の名城を原寸大で再現したのが、伊勢安土桃山文化村の安土城天主閣です。安土城跡に残された石垣と礎石から天閣の平面規模と柱間寸法を割りだし、文献の中でも史料価値の高い「安土日記」(旧加賀藩前田家伝)と、安土城の影響を受けたといわれる大阪城や岡山城などを参考に、建築史家の宮上茂隆(みやがみ しげたか)氏の復元案を模して建てられました。

1560年、2万5千の大軍で尾張に侵攻した今川軍に対し織田信長が10分の1の軍勢で今川軍の本陣を強襲し今川義元を討ち取った戦いをジオラマで再現。

稲葉山城(岐阜城)の攻防

1567年、斉藤氏の居城・稲葉山城を織田信長が攻め取った攻城戦をジオラマで再現。この戦で信長は稲葉山城を岐阜城に改名、居城として天下統一を目指すようになる。


小谷城の攻防

1573年、浅井長政と織田信長の戦いをジオラマで再現。小谷城は、信長の妹、お市の方と浅井長政との悲劇の舞台として有名。

本能寺の変

1582年、信長の有力家臣・明智光秀が謀反を起こし、主君の信長と後継者の信忠を襲い、自害に追いやった事件をジオラマで再現。


活発な南蛮貿易をはじめ、畿内でのキリスト教布教を許した信長。ポルトガル人宣教師のルイス・フロイスとの会見の様子などジオラマで再現。

伊勢湾、北西に伊勢市街が一望できます。信長になった気分で下界を見渡せます。


壁や天上すべてに、まばゆいばかりの金箔が貼られた黄金の間。
築城当時の安土城を再現しています。

安土城 信長おもしろ歴史ガイドツアー

伊勢安土桃山文化村では、信長が建てた幻の名城「安土城」を原寸大で復元しています。1Fが「桶狭間の合戦空間」、2F「稲葉山城の攻防」、3F「小谷城の攻防」4F「本能寺の変」、5F「信長バテレン会談」、そして6Fが伊勢湾を一望できる「展望台」、7Fが一面金箔張りの「黄金の間」となっています。

この安土城の内部を歴史案内人が、信長の秘話、安土城の秘話などを面白おかしくご案内するのが「信長おもしろ歴史ガイドツアー」です。教科書に載っていないことや先人の知恵を学べる参加型ツアーです。(所要時間約30分)

「信長おもしろ歴史ガイドツアー」は、毎日開催されておりますが、修学旅行、遠足などの団体様でご参加希望のお客様は事前に下記までお問合せ下さい。

ご予約・お問い合わせは TEL 0596-43-2300 またはこちらから


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