当時の安土城はどのような構造だった?
当時の安土城についての文献はがあまり残されておらず、故に幻の名城と呼ばれていた安土城。信長らしいその変わったお城は、外観の瓦層は5層なのに対し、全7階(地下1階、地上6階と呼ぶ事もあります)で構成されています。不一致な階数が特色だと言われています。
また高さは本丸地表より43mで我国最初の高層建築と言えます。外壁は3層目までが黒、4層目が朱、5層目が金箔。屋根瓦も赤・青・金箔瓦が使われている豪華絢欄な桃山文化を代表する建築物だったそうです。
- 【一階】
東西9間×南北9間。中央に4間×6間の4階分の吹抜け空間を設けていました。
- 【二階】
17間×17間の不等辺八角形となっていたそうです。
- 【三階】
10間×12間。西北隅に2間四方の舞台が張り出しています。多くの座敷を周囲に設置し広間となっていました。
- 【四階】
8間×11間。地下一階から吹抜け空間が中央にとられており、周辺に信長常任の諸室があったといわています。茶座敷も配置。吹抜け空間に面して高欄付き縁があり、中央に北から南へ架橋され、この橋から2階の舞台、地階の宝塔が眺められたそうです。
- 【五階】
屋根裏部屋に相当し納戸が多いのが特徴。四畳半の小座敷も在ったそうです。
- 【六階】
正八角形で、柱・天井はすべて朱色となっていたそうです。
- 【七階】
3間四方の正方形になっていて、壁や天井すべてに本物の金箔がはりめぐらされているまばゆい室内は、黄金の間と呼ばれていました。